愛に希望を託す(映画 le lycéen)
主演のPaul Kircherがサン・セバスティアン国際映画祭で男優賞を受賞したフランス映画「Le Lycéen(英語名:Winter Boy)」を観てきました。
基本情報:
- 監督・脚本:Christophe Honoré
- 音楽:菅野由弘(かんの よしひろ)
- 演者:Paul Kircher、Juliette Binoche、Vincent Lacoste、Erwan Kepoa Falé 他
- 言語:フランス語
- ジャンル:ドラマ、家族、LGBTQ+
- 122分
愛する父との突然の別れに直面した17歳のLucas。粉々になりながらも、兄と母を頼りに希望と愛することを取り戻していく・・。
予告編はこちら。
日本の映画が好きなフランス人から、「一般的に言って、日本人の方がフランス人よりもsensible(感受性が強い、繊細)なのかな?」と尋ねられたことがあります。日本映画を見ていると、繊細だなと感じるそうです。
どちらが繊細か、ということではなく、感受性のアンテナが異なっているように思いました。でも"フランス人的な感受性"が何かというと、あまり具体性を伴わなかったんです。そんなことを考えるに当たって、この映画が一つ鍵になりそうだと思いました。
この映画では、喪の悲しみ(un deuil)をどのように乗り越えていくかがテーマになっていて、それを通じて、心の複雑な動き、不安定さが描かれます。
特に映画の中で思ったのが、身近な人が亡くなる=「もうその人に触れることができない、その人から触れられることもない」という事実がより一層悲しみを強めているということです。原始的であるが故にとても深い傷を受けるのかなということです。
コロナ禍でキスやハグが憚られるようになり、日本人の自分としても、何かが足りないような感覚を覚えましたが、フランスでは「触れる」ということがとても大事なんだと思うのです。映画を見て、個人主義もありながら、ラテン的な愛情や触れ合いに対する感受性の強さもある、複雑さをもった国柄だなと思ったのでした。
死生観だったり、悲しみや不安への向き合い方だったり、自分だったらどう感じるだろうかと考えながら見るのも一つだと思います。
さて監督で劇中でも父親役を演じたChristophe Honoréですが、彼自身、10代の頃に父親を亡くしており、個人的な経験や感情体験も映画に込められていたと想像されます。彼の「メロドラマではなく愛に希望を託した映画」だという言葉がとてもしっくりきました。
主役のLucasを演じたPaul Kircherは、監督が300人ほど会った中から選ばれたようです。まだあどけない表情を持つ彼の微笑みがとても穏やかで、聖セバスティアンや羊飼いの絵画のような印象を受けました。感情の表現の仕方がとても力強くて、心が動かされました。
ジュリエット・ビノシュは言わずもがなですが、素晴らしいです。彼女が演じるとリアルになるというか、一気にストーリーに引き込まれます。いろんな役ができますよね。河瀬直美監督の「Voyage à Yoshino(Vision)」での演技もミステリアスですごく印象的でした。
ヴァンサン・ラコストは個人的に裏切られることのない俳優です。おすすめの映画としては、研修医の葛藤が見られるThomas Lilti監督の「Hippocrate」や、同監督の作品でフランスの医学部での生活を描いた「Première Année」、バルザックの小説が基となったXavier Giannoli監督の「Illusions Perdues」などが浮かびました。
今回の映画はLGBTQ+もテーマの一つになっているのですが、Erwan Kepoa Faléが演じたLillo役が良いアクセントとなっている(むしろ角を取って滑らかにしてくれるような)存在だと思いました。
劇中で使われる音楽も素敵です。
パリで見た80年代の展示でも聴いたことのある曲が使われていました。Robert Palmerの「Johnny and Mary」という曲です。1986年のルノーのCMで採用されたみたいです。
展示についての記事はこちら。